2009年03月20日

心やすらか

こんばんは

「自分を知る」を体験しました。
本当の自分はいつも正当づけいい子になろうとしていた。
自分の姿は鏡に写せる事はできるけれど
心はどんな道具に写せるのか。
それは、他人様の眼に映るのです。
鏡がしゃべらないように、他人様も
「ここが、だめよ」などとは誰も言ってくれません。
鏡は姿を写しますが、他人様は取り繕うだけで
本音は言わず、そこからいなくなるだけ。
裸の自分になることで、他人様の姿が見え
自分が見えてくる。
素直に振り返ることで、心やすらかになれる。

自分を見つめる時間をいただいたことに
感謝です。



Posted by kumikochan  at 00:26 │Comments(7)

この記事へのコメント
牧野眞一です。

本当の自分は、自分ではわからないのですね。

自分は鏡を通してしか、映し出せませんが、身体の一部で言うと、『耳』が同じ感じです。

耳は、他人の事はよく聴こえて来ます。しかし、自分の言葉は他人に向けてしゃべっていても、一番聴いているのは、“自分の耳”です。

自身の発する言葉には、気をつけていきたいものです。

ありがとうございました。
Posted by 牧野眞一 at 2009年03月20日 10:26
素晴らしい気づきに乾杯!!です。

人は誰でも、自分が一番正しい。と、思っています。
そして、その正しさで、他の人を秤がちです。

選択理論心理学を学んで、
脳の働きと私たちの行動を知ったとき、
人それぞれに、解釈の違いはあるけれど、
決して間違いはない!!

そうか!!!
と、思いました。

それから、私の思考と行為が変わりました。

一段いちだん腑に落としながらすすんでください。
決して人と比べず、
あせらずに・・・・・

          アロエ  より
Posted by 山本 ふみ代 at 2009年03月20日 10:33
違いは違いであって『間違い』ではない!!
自分と他人の違いも『どちらが良い』という訳ではないし、自分自身もあるがままの今が個性であり、良い・悪いはない!!

あるのは『自分が求めている目標』に合っているか?だけですね。
良い気づきになって良かったです。ありがとうございました。
Posted by 伊集院雅人 at 2009年03月20日 11:35
昨日の大阪営業道場でも、『裸になる』と言うことが

懇親会で話題になりました。

5年位前の私は、裸になれずにしんどい生き方をしていました。

脳腫瘍になって手術を受けて

元気になって、一生懸命働いて

素質論で、目覚めて

夫婦が仲良しになって・・・・

その頃から、裸になってるのでしょう。

今は、楽になってます。
Posted by 肥田 典子 at 2009年03月20日 15:39
<牧野眞一様>

コメントをいただきありがとうございました。
耳が自分の発する言葉をしっかり聴いていますね。
発言に気をつけます。
ありがとうございました。

<山本ふみえ様>

アロエ様、コメントをいただきありがとうございました。
うれしいです。お話がしたいです。
人と比べず、あせらず・・・そうですね。
ありがとうございました。

<伊集院雅人様>

コメントをいただきありがとうございました。
「自分が求める目標」に向かって進むだけですね。
ありがとうございました。

<肥田典子様>

コメントありがとうございました。
そうですね。裸にならなかったらしんどいですね。
少しわかるような気がします。
ありがとうございました。
Posted by kumikochankumikochan at 2009年03月20日 23:28
本当の自分は自分では見えません
鏡で見るだけですね、自分を見るのは難しいで゛すね

でも本当に見えていないことはないとも思います

本当は目を向けることが怖い・自分と向き合うのが怖い
という部分があるのではないでしょうか

ご自分を見つめさらに、大きく伸びていかれる勇気を
持たれたのだと思いますよ ファイト!!
Posted by 尾上 正 at 2009年03月22日 22:27
<尾上 正様>
コメントいただきありがとうございます。
「自分をみつめる」ですね。
心がけます。ありがとうございました。
Posted by 佐伯久美子 at 2009年03月24日 07:26
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